2025/02/16

参加型クローズドラジオ「穴と声」vol.5 のレター no.25 より

 

 私の日常の端々に、刻一刻に、太陽の爆発が張り付いている。

 いつだったのか覚えていないけれど、「太陽はいつか爆発する」という予測を知って以来ずっと爆発が張り付いている。朝から晩までいつでも頭の片隅に、そうはいっても爆発するんだシという感じと一緒に生活が流れていて(薬局でポイントアプリを求められたときなんかに、「まぁそうは言っても爆発するんだシ」である)、その都度さっと時を止めるように兆しては赤が激しく砕け散る像を(たぶん)脳内に流していく。そんなふうにして私はわりと長いこと時間を過ごしてきたはずなのに、太陽の最後は爆発ではないのだという。上げた拳ではないが、自分に長年張り付いてきた「爆発の瞬間」をなんとなく手放せずに反芻して愛でてしまう最近。


 抜歯のあとの穴を舌でつつくとき、舌は歯を思い出しているだろうか? いやいや。


 太陽の最後は冷えるらしい。冷えゆく過程において膨張して地球にその熱が近づくということなのだろうか(正確にしらないけれど)、地球は太陽の寿命が尽きるよりも前に、近づく熱に干上がってしまう。ということは「爆発」なきあとの私の新しい心象は、水の惑星地球が暑く熱く乾いていくプロセスが描かれて私は以後それを抱えて生活するのがいっそ地球人としては正しいのかもしれないけれど、そこはやっぱり太陽のほうに関心が強烈に奪われる性分らしく、太陽のまわりのつなぎとめられなくなったガスが宇宙にほどけていくイメージが日常にたなびき始めている。私は別に宇宙がすきなわけじゃないし、宇宙に放たれたくはないけど、心には星のガスのほどけがあるってこと。


 一月の終わりの晴れた日、作業部屋の南の障子を開けて街の空があなた方に見えるようにしてラジオの収録をした。私の顔は逆光のさなか、暗くて輪郭もはっきりしないだろう。 

 今回もフランス語のダジャレの披露から火葬の話まで脈絡はなく、存在の不確かな誰かの声が届いて、暖房器具のノイズとまぜまぜの一人がたりの声や椅子の軋みをともなって流れ出た旋律が「なんらかの応答」として集まった。

 最初のころの心の語ら得なさを見せてくれという私の意図(そしてその意図を無視してくれという別の私の幾重にも折り込まれた意図)が透けたような期間が過ぎさって、声たちはリラックスしはじめている。と思う。「言葉」というと意味を受け取らねばならないというのが多くの人の認識かもしれないけれど、言葉は声で音で揺れて流れていくもので、誰かの耳が傾けられるならそこにひとときの(ありもしない)空間を形作る。その意味でも今回も豊かだ。


 警戒心もある。


 生成AIが一気に身近になった2025年初頭、YouTubeではよく知った有名人の声で怪しい広告がすんなり大量に何度も流れてくることもある。ドキッとする。その有名人の本当の口から発せられた発言にまともに耳を傾けたことなどないくせに、私には「彼」だとわかる。「声」は本当に存在不確かなものになりつつある。わたしたちは気楽に声を公開してはいけない時代を生き始めたのかな、と思う。集まった声をどのようにしてでも守らねばならないな、と改めて思う、まぁつまり、この声たちがAIの学習に使われたりしないように、少なくとも個人情報と紐づくかたちで学ばせないように目を光らせないといけない。声の主の誰が太陽の熱に干からびる前にどんな問題ある事態に陥ってしまったとしても、卒業アルバムをさらされるように「声」がさらされることなどないと約束しないといけない。けれど、なにしろネット空間での配信である。いまのところ「傾けてくれる耳」への信頼に頼っている。と、私がこんなふうに書くと、あなたはあたかも「声の主」も「耳」も真にいるように感じるのかもしれない。


 ラジオを録る前の日、すべての声や音を聴きなおしてメモをつくっていると、家の人が階段を上がってきてまったく躊躇せず作業部屋の戸を開けて半身をこちらに入れて「夕日がきれいだから、見て」と言う。私はカメラを持ってベランダに出る。真っ赤だ。わかってはいたけれど、私の技術ではとらえられない光が丸く赤く互いに縁を溶かすようにしてビルと空の間に消えつつある時、当然のように、街の人がこれまでに見た膨大な数の映画や舞台上の夕日も同時にその空を染めている。光は重なり重なり色を失う。その翌々日だったか、夕方の庭の音を小一時間ほど二階のベランダから収録した。その日の夕日はふつうだから誰も階段を上がってこない、夜、ヘッドフォンのなかで子供が庭の向こうの16時の坂道を駆け降りていくのを聴く。

 「風がラジオの始めのほうの背景に入っているのに気づいたかな? あれがカラカラっと響くのは今はだってほらなんつっても冬だもの。湿り気なしの空っ風の冬でございますゆえ」それからしばらくして雪が降り、白い猫が白い雪の上を歩いた。彼女はいつでも怒ったり喜んだり忙しない。

 私は先月、地球は去年の今日とは異なる位置で太陽の周りを回っているからひとりの人が生きている間に厳密に同じ季節は経験しないとM氏が語るのを聞いたんだった。


みなさんに、よき春を。